2025年11月23日日曜日
2025年11月3日月曜日
2025年11月1日土曜日
2025年8月23日土曜日
今日もまた1通
メールやLINEでもやりとりできる相手でも。それらのツールで連絡してしまうと、相手に「返事をしなきゃ!」と思わせてしまうかもしれないから。
このお手紙は「『いかがお過ごしかな? 』 と私が気になったから連絡してみた」という、自己満足の1通。返事はあってもなくてもよくて、声をかけてみただけ。そんなほどよい距離感を持てる、季節のお手紙が好きです。
季節の絵はがきに、「残暑見舞い申し上げます。いかがお過ごしですか?」という一言二言と、自分の近況を少し書いて送ります。
2025年8月22日金曜日
残暑見舞い。あのひまわりを共有したくて
今日はこの1枚! 先日、街中の大きな道路沿いで、背の高い大きなひまわりを見かけました。「わぁ! 大きなひまわり」となんだか元気になったので、そのおすそ分けを♪
2025年8月16日土曜日
赤い花と青い空。旅先からの便りがくれた小さな体験
サルスベリの赤い花と、青い空。
この風景に出会うたび、思い出す1枚のハガキがあります。約8年前、沖縄県・竹富島から届いた“旅先からのお手紙”です。
青い空と白い雲を背景に、赤い花の写真が印刷されていました。花の種類は違うけれど、この季節になると決まって思い出します。書かれていたメッセージの内容は、正直ほとんど覚えていません。「旅先で楽しい時間を過ごされたのだなぁ」と感じたくらいの記憶しかないのに、不思議とそのハガキの写真を思い出し、次に差出人の顔が浮かんできます。そして毎年、「お元気かな」「しばらくお会いしていないけれど、またお会いできる日が楽しみだなぁ」と心の中でつぶやいてしまうのです。
何年経っても、ふいに心を揺らす。
お手紙には、そんな力があるのだと思います。
メッセージ以上に、手書きの文字や「旅先からわざわざ送ってくれた」という思いごと届いているからかもしれません。 受け取る私のほうもまた、一つの体験をしています。郵便受けから取り出して、まず写真に目をとめ、「あ、あの人からだ」と思い、そしてメッセージを読む。嬉しくて、心が躍る! そんな流れごと、記憶に刻まれているのだと思います。
だからやっぱり、お手紙っていいな。そう思うんです。
2025年8月15日金曜日
心のゆとりが生む、小さな行動の先に
大切なことは、きっとシンプルなことなのだと思います。
たとえば、自分にとって“大切にしたいもの”があるように、すべての人にもそんな“大切にしたいもの”がある。お互いに、それを大切にし合えたらと願うけれども。実際には、とても難しいものですよね。
どうすれば、少しでもそれを実現できるのだろう。ふと、そんなことを考えます。日常のささやかな場面を見ていると、心にゆとりがあるかどうか、その違いだけでも、行動は変わってくるように思ったりします。
私も、心にゆとりのある時は、まわりに目を配り、声をかけられる。けれど、ない時は、つい見て見ぬふりをしてしまうこともある。そんなことがあちらこちらで重っていったら、ぎすぎすした空気が広がり、やがては大きくて複雑な問題につながってしまうかもしれない。
日常の小さな行動に影響する、心のゆとり。
私は、お手紙の持つ時間が、その心のゆとりを生む、1つのきっかけになるのではないかと考えています。だから、テーマに据えて活動してきました。
―――――――――――――――
一声かける、そんなお手紙を
―――――――――――――――
ふと、誰かの顔が心に浮かぶ時がありませんか?
「元気にしているかな」「どうしているかな」
今はもう連絡が取れない人もいれば、まだやりとりのできる人もいます。連絡をとることができるのに、「また、いつか」と先延ばしにしたり、気持ちを胸の奥にしまい込んだままにしたり・・・・・・そんなこともありますよね。
では、その“誰かを思う気持ち”は、どうなるのでしょうか。
ふとした瞬間にまた思い出して、今度は伝えられるかもしれません。いつの間か、思い出せなくなってしまうこともあるでしょう。あるいは「もし、あの時に・・・・・・」と後悔する日が訪れるかもしれません。
今年の夏は、そんな心にある“誰かを思う気持ち”を、そっと言葉にして届けてみませんか。まちを歩いていて、道の向こうに知った顔を見つけた時のように、手を振って「おぉーーーい!」と声をかける、お手紙を。
ただのひと声でも、相手を励ますことがあります。けれど、自分の中に抱えているだけでは、相手には届きません。
そんな気持ちを運んでくれるのが、季節のお手紙です。特に何の用事がなくても、「夏だから暑中見舞い・残暑見舞いを送ってみた」という、送る口実になります。書く内容も「蒸し暑い日が続いていますね。ご自愛くださいね」というひとことだけでも十分。お手紙で送るという行為自体に、「あなたのことが気になっています」という気持ちが、ちゃんと宿ります。
気負わず、気軽に。まずは、1通。
あなたの中にある“誰かを思う気持ち”を形にして、届けてみませんか? 私も気になりながら、連絡をしていなかった方へ、この夏1通書こうと思います。
2025年8月6日水曜日
あの空のしたで
家に帰って、また外に出て、撮った。
ただただ、やさしい気持ちになったから。それだけ。
けれど、こうして
空を見上げて、やさしい気持ちになれたことも、
ほんとうは、奇跡のようなことなんだと思う。
そう思わざるを得ないことが、多い。
心が、ぎゅっとなる。
2025年7月31日木曜日
あの夏の日から、18年。未婚の母として歩んだ日々と、今思うこと
2025年7月6日日曜日
心の湖に沈む、何気ない日々のいとおしさ
しばらく歩いた先に、ふと木の幹に蝉の抜け殻を見つけた。「この蝉が、どこかで鳴いていたんやなぁ」と嬉しくなって動画を撮っていると、隣にいた娘が「あそこも、きれいやで」と教えてくれた。目をやると、地面に浮かんだ葉の影が、風に合わせてゆらゆらしている。
2025年6月30日月曜日
自分の中にある“何か”とつながる――中津川浩章さん個展「神話の森をひらく」へ
日々、木と対話するような気持ちで過ごしているからだろうか。地面の下にまで根を張る姿、そこからつながっていく世界を、ほんの少しだけれど想像することもあったから。そのイメージと重なったのかもしれない。
一度、その作品の前を離れ、また戻った時のこと。木の上のほうに目をやると、葉の間から2匹の蛇が飛び出すように現れていることに気づいた。さらに左隣の作品を見ると、最初は気づかなかったが、そこにも蛇がいた。何匹もの、とぐろを巻いた蛇が絡まり合っているように見えた。
まだ言葉にはできないけれど。何かとつながっていくような、そんな感覚が残っている。
―
昨日2025年6月29日(日)まで開催中だった、中津川浩章さん個展「神話の森をひらく」に行ってきました。
「人間にとって表現することの根源には何があるのか?」「“存在することの意味”とは何か?」。そんな問いを常に抱きながら、アーティストとして、またアートディレクターやキュレーターとして、アートや福祉という枠を超え、表現そのものと向き合い続けている中津川さんです。
その想いや考え、活動については、ウェブサイトに詳しく綴られています。
https://www.lascaux-labo.com/
2025年6月22日日曜日
身近であればあるほど
あぁ、実が落ちるまで、全然気づかなかったんだなって。大好きな木なのに。ほかのお友だちの木よりずっと身近なのに、ちゃんと見てなかったんだなぁって。
身近であればあるほど、当たり前になってしまって……大きな変化として表れるまで、気づかなくなってしまうのかもしれませんね。
2025年6月21日土曜日
「転生してきたん?」。髪の毛を切っただけなのに
髪すっきり・気持ちすっきりの私を見た、高校生の娘の一言。
「へ? 転生って?」
髪の毛を切った姿に対する言葉としては、あまりにも想定外。思わず、固まる私。考えを巡らし、「若返ったってこと?」と思っていると、「前髪・・・・・・」とニヤニヤする娘。
そう、2023年春、娘に前髪を切ってもらったことがあった。一所懸命に切ってくれていたのだが、「ずれたからこっちを短く切って揃えよう」「あ、今度はこっち」とどんどんどんどん、短くなっていって(途中からはたぶん受けを狙いにいったんだと思う)。結果、「もう、仕事に行かれへん」と泣きたくなるくらい、散々な前髪にされたのです・・・・・・
娘いわく、あの前髪が“転生”してきた、と。いやいやいや、全然違うから! あの時とは長さも違うし・・・・・・今回は気に入ってんだからな!
2025年6月5日木曜日
夏が始まる前から、もう冬のはじまりを
いつもの、私にとっての“だんごの木”こと、センダンの木に青い実がなっていました。こんな時期になった青い実が、これから大きくなり、冬にはまるで“だんご”のように白くなるのだと。
なんだか不思議で、おもしろいですね。
2025年5月28日水曜日
満開の時期を過ぎても
「青空が見えそうだなぁ~見えないか。いや・・・!」という空模様だった5月27日(火)、「1年後の自分にお手紙を“一緒に”書こう会」を開催しました。
大井戸公園の薔薇は満開の時期を過ぎてしまったけれど、「今が見頃よ」という花やこれから咲きそうな蕾もありました。“尼崎オリジナルのバラ”という「ローズアマガサキ2016」に鼻を近づけると、上品な香りが。薔薇園で一際目を引く“つる薔薇のアーチ”そばのベンチには、おじさん2人が将棋を指す姿もあったりして。園の真ん中にある電灯には、複数羽の鳩が集い、まるでオブジェのようにも見えました。
毎回、私も含めて参加者は3~4人。自分ひとりだったら気づけないだろう、このお一人おひとりがいるからこそ気づけただろうということが、毎年・毎回たくさんあります。そして、いつも思うことは、この日、この方々で集まるのはご縁だったのだろうなぁということです。そういう場にいられると、心がほくほくしてきます。
おさんぽ時間も含め、あっという間の2時間30分でした。
2025年5月26日月曜日
朽ちていく姿もまた美しい
雨降りの翌日5月25日(日)、「1年後の自分にお手紙を“一緒に”書こう会」を開催。
おさんぽをするために、大井戸公園に向かう途中、紫陽花も見かけました。5月も末、薔薇園の薔薇は満開の時期を過ぎて、朽ちていく姿が見られます。その姿が、雨が降った後の湿り気のある風景の中、より美しく感じられました。
華やかな薔薇園のおとなりには、背の高い木々が茂るエリアが。一歩踏み込むと、またそこは別世界です。深い緑、鮮やかな緑など、さまざまな色合いの若葉が茂り、足元には転がる木の実、風の音が聞こえ、見上げると青いモミジの葉が星々のように見えました。
ふらっとゆるっと公園をおさんぽした後、カフェで1年後の自分にお手紙を書きました。
2025年5月16日金曜日
香りを感じるひととき
あぁ、ここに立つだけでも、こんなにも薔薇の香りが漂ってくるんやぁ。薔薇に圧倒され、薔薇園入口でしばし佇んでしまった今日。今年最初の「1年後の自分にお手紙を“一緒に”書こう会」の日でした。お手紙を書く前に、大井戸公園でおさんぽ。薔薇が情熱的に咲き乱れていました。
香りにときめいたのは、ご一緒くださった方々のおかげ。「薔薇のいい香り」という、その一言をきっかけに、うわあぁっと嗅覚が研ぎ澄まされた感じ。大ぶりの花々に顔を近づけては、薔薇のいろんな香りを楽しみました。
また、花がら摘みなどの管理作業をしてくださっている方々の姿も。今日もこうして楽しめたのは、その方々のおかげです。ありがとうございます。
日によってもそうですし、誰と一緒におさんぽするかによっても、感じられることや気づけることが変わるので楽しいです!

.png)



